古山です。
保育園、幼稚園、学校などで、子どもがまずいことをしたときに、「ごめんなさ
い」を言うまで、とことんお説教することがよくあります。場合によると、ごめ
んなさいを言うまでどこかの部屋から出さなかったりします。
あれは、間違っていると思うのです。精神的暴力を振るっているだけです。子ど
もは怖くて言うとおりにするか、頭が真っ白になって何も反応できなくなってい
るかです。、
たとえ幼児であっても、謝るかどうかは、本人の精神の自由です。
ところが、日本文化の大勢は、お説教するのが教育だと思っています。
迷惑なことや危険なことを子どもがしたら、それがまずいということは伝えるべ
きです。
しかし、「わかりました」と言うまでえんえんと説諭するとか、無理にでも「ご
めんなさい」を言わせていたのでは、子どもの心が育ちません。子どもに危害を
加えているだけです。
大阪の大空小学校というところの障害児教育が素晴らしいと言われ、映画ができ
ていました。その映画を見たら、大人からの説諭主義なんです。逃げ出した子ど
もを連れ戻し、子どもが「わかりました」と言うまで、先生が説いて聞かせる。
あんなののどこが素晴らしいのか、と思いました。
そうしたら、中心になっていた校長先生が定年でやめたあとは、もう子どもたち
がいうことを聞かなくなっているそうです。
一昨日の音楽スタジオは、楽しいお遊び会でした。遊んでいるうちに子どもがエ
スカレートして、お店の器物を蹴とばすとか、頭に来た子が椅子を振り上げよう
とするとかがありました。そんなとき、大人たちが「だめだよ」と言うけど、そ
れ以上は追求しない。あとは、子どもたちを気遣っています。
私たちでいい教育グループを作れている、と思いました。
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古山明男