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公共学校にしみついた固定観念

日本の公立小中学校にしみついた、固定観念があります。

宿題、出席、家庭学習

です。

どれも、なにがなんでも子どもに刷り込もうとするのです。

宿題にどれだけの意味があるのでしょうか。学校を一歩出たら、子どもは別な気
分になっています。そこからは、興味と情熱の世界なのです。それを護り育てる
ことが、教育としてより重要ではないでしょうか。そこに宿題を持ち込んで押し
殺そうとするから、点数しか取れない人間を育ててしまうのではないか。

宿題は、学校の時間内では練習が十分でないものを、補おうとするものです。で
も、必要な練習であるならば、学校の時間内でやるべきです。学校にいれば、子
どもは教科学習的な気分になっていますし、わからなかったときに先生や友達の
援助を受けられます。
宿題を出すということは、学校がいかに効率の悪いことをやっているかの証明で
す。

教師が上手に示し、子どもに十分な理解が生まれ、練習問題をやって「できた」
と実感する。授業が終わったときは、ホクホクした気分になっている。それはワ
ンセットです。それをやってくれるのが、学校というものでしょう。

高校生年齢くらいから、そうとうに独学能力がついています。また、発達させる
べきものの中心が知的なものであってもかまわない。しかし、小中学生には、原
則として宿題を出すべきではないです。別に宿題として出さなくても、学校で何
かが身につくて「学校でこんなこと習ったよ」と家でやって見せたがるものです。

でも、宿題を出す本当の目的は、学習そのものではありません。「家庭で学習習
慣をつけさせるため」です。

子どもの学習意欲を調べようとすると、お決まりなのが「家庭で何時間勉強して
いるか」です。おかしな話ではないですか。「会社の業績がどれだけ伸びるかは、
社員が仕事をどれだけ家庭に持ち帰るかだ」と言っているのと同じです。
学校は学校ですることで勝負してほしい。家庭学習に依存する学校そのものがお
かしい。

私が私塾で子どもたちをみていたところでは、家庭学習の時間と、成績は関係あ
りません。成績と関係あるのは、興味・好奇心の強さ、人を信頼していること、
道徳的な能力(教条的ではない)です。

家庭学習に依存しなければならないような学校に、行かせる価値がどれだけある
のか。授業がつまらないからそうなっているのです。

出席至上主義については、また書きます。

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古山明夫

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