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子どもが尋ねる

私が仕事をしていると、いっしょにホームスクールをしている甥がひょこひょ
こっとやってくる。
「ねえ、この字なんて読むの」
と紙に字を書いてくる。プレステをやっていてわからない字があったらしい。
”向上”と言う字。
「こうじよう、だよ」
「こうじょうね」
説明のため、私がおもちゃの自動車を、手でヨタヨタ走らせる。
「ガタガタ、ヨレヨレ。
この車の性能が悪いのでエンジンを取り替えた。
トントン、ガシガシ。
とたんにビューン」
と言いながら自動車をすばやく動かして
「性能が向上した」と私が言うと
「ああ、そういうことね」
いかにも分かったという顔をするから、こちらもうれしい。ついでだ、もっと
サービスして、”向上”の別の使い方。いつも使っている人形を出して私がお芝居
をする。性格の悪いキャラクターが出てきて、他のキャラクターに命令して木の
実をひろわせる。
「たったこれだけか。もっと向上心を持て」とどなる。
「向上心て、なんですか」
「もっとうまくなろうとする気持ちだ。気持ちが大事だ」
「もっとやらせようっていうんでしょ。やあだよ」
甥がキャッキャッと笑いながら
「学校みたいだ」
うん、もちろんおじちゃんも学校のことを意識してたんだけどね。

テレビで「コオロギの鳴く回数と温度の関係」が放送されていたらしい。甥が
「ねえ、こんなのやってたよ」
とその式を書き取って持ってきた。これをつきつけられて黙っていられるか。
さっそく、ストップウォッチを持ち、コオロギを求めて、夜道をうちの近くの
探索に出る。ところがこれが意外とむずかしい。まず、どの虫の音がコオロギな
のか子どもにわからない。そのうえコオロギにも種類があって音が違う。暗いと
ころだと時計が見えない。街灯の下で、コオロギの音が聞ける場所があって、
「あの音を数えよう」と私が指定して、そこで回数を数えた。家に帰って気温を
測り、電卓を叩かせたらほぼ一致した。
でもこれは偶然だ。その式が使えるコオロギをたまたま探し当てているなんて。

甥が作ったばかりのラジコンカーを持ってきて、指で車輪を回してみせる。ホ
イールの放射状の輻がゆっくり逆回転するように見える。
「ねえ、外の光だとこんな風にならないけど、うちの中だと逆に回っているよう
に見えるよ」
そのことは私も知っているんだけど、「ああ、そうかい」じゃ、つまらないでし
ょう。自分の発見を大人といっしょに確認できるのがうれしいはずなんだ。
「そう、じゃ、外の光で見せてよ」
外に出てやってみると、確かに見えない。部屋の中の蛍光灯の下に持ってくると
はっきり見える。ついでだから、白熱電球と蛍光灯で違いが出るがどうか調べた。
白熱電球でも逆回転がはっきり見えるのは、私にとって発見だった。ふうん、そ
うだったのか。逆に回るように見えるのがなぜかは、そのうちにね。ちょっと複
雑なことだから。

「カバが海の水の中に入ったらどうなるの?」
ううん、わからない。動物のことを調べている人に聞いてね。

こんなふうによく見せにきたり尋ねてきたりする。私が授業”としてはじめか
ら時間をとって教えている時間は減ってきているのだが、むこうから尋ねてくる
から、実質的に教えたり手ほどきしたりしている時間は結局増えている。知的な
方面の歩みは、だいたいこれでめどがついてきたなと思う。
学校に行っているうちは、「これ、どうなってるの?」「こんなこと見つけた
よ」と言ってきたことはほとんどないように思う。そのときはいっしょに生活し
てはいなかったので単純な比較はできないが、私に面白いことをしてくれとせが
んでは、それにまとわりついて引っかき回している感じだった。

学校を嫌がって行かなくなったには違いないが、特に傷を負っているわけでは
ないので、意欲も好奇心もかなりある。この関心の持ちようがいろいろふくらん
でいくのだろう、大筋はそれについていくつもりだJいっぽうで、あれこれ言っ
てきてこちらが応じきれないときもしょっちゅう。そんなときは「ごめんね。今、
とっても忙しいんだ」「すまないが、疲れていて頭が回らないんだ」と丁重に断
っている。たいていは察してくれる。

ホームスクールは世界的にひろがりつつある流れになっている。数が多いのは
アメリカで、社会的な動きになってからだいたい20年になる。学力面でも学校に
劣るものではないという結論はもう出ている。しかし、いくら熱心な親でも、学
校と同じ授業時間を確保している家庭はめったにあるまい。子どもの興味関心が
大事にされていることと、子どもがのびのびとした自発性を持っているために、
教える分量は少なくても足りてしまうのだと思う。

(「たらんと広場」No.14 1998.10.26/古山明男)

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古山明夫

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