かまってほしい

古山です

子どもは、親にかまってほしいものです。
誰だって、自分が子どもの時に覚えがありますよね

大人の立場からすると「かまう」や「かまってやる」です。

子どもは、よくかまってもらっていると、自分自身になっていきます。自分がど
う感じているかが、わかってきます。

「かまう」はずいぶんとニュアンスがあって、外国語に訳すとなったら、ちょっ
と苦労するのではないでしょうか。
自分だけに注意を向けてもらっている。
遊びにつきあってもらう。
活動を引き出してもらう。
手加減してもらっている。
そんな意味が含まれています。

たぶん、日本人は子どもをすごく大事にしてきたから、その日本文化の中に「か
まう」という言葉が根付いているのでしょう。

「かまう」は、完全に対等の関係ではなくて、大人の立場から子どもと付き合う
関係です。
子どもの意見と自主性を尊重することも大事なことなのですが、現実には大人と
子どもの力量の差がありますので、対等に「では、キミの意見は?」と向かい合
っていると、子どもがしどろもどろしてくる。小学生くらいまでの時期は、「か
まってやる」関係を基本にしていたほうが、いいのだと思います。

シュタイナー教育が、14才までは「自明な権威者」の元で育てるんだ、と言いま
すが、そこに通じるものがあります。シュタイナー教育は、「権威者」という言
葉を使うから誤解を招くのであって、ようするによくかまってくれて、よくなつ
いていて、その人の言うことはすっと耳に入る、という人のことです。

学校で、子どもたちは「かまってもらっていない」感じです。
一人一人が達成を求められ評定されている、ミニサラリーマンです。
そのため、個人として成長しきれないのだと思います。目立ちたがり、嫉妬、ど
つき合い、あるいは逆の逃げ隠れが多くなります。

そこで、ホームスクールの極意なのですが。
子どもをよくかまっていることだと思うのです。

「教える、教えられる」の関係になろうとすると、家庭ではなかなかうまくいか
ないものです。それより、「通じる」関係になっていって、生活を楽しんでいる
のが、家庭という場をよく生かしています。楽しんでいるうちに、子どもがもう
ちょっとクールな関係がほしくなって、「習い事がしたい」なんて言い出す。そ
んなことになれば、けっこうなことです。

 

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古山明男

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