恐怖を慈しむ

古山です。

冬型の天気になってきたら、朝からスカッと青い空が広がっています。
そこを散歩するのって、気持ちがいいですね。

不登校のお子さんをお持ちの場合、子どもが学校に行かなくなった。将来がどう
なることかと、怖かったですねえ。世間からどうみられるかと怖かったですねえ。
それは怖くて当たり前です。私たちは、学校で育てられたのですから。

いいんです、怖くて。
いまあなたに必要なのは、「怖かったねえ」と言って背中を撫でてくれる人です。
なかなかそんな人がいないのですが、自分で自分の胸を撫でて「怖かったねえ」
と言うことはできます。それで、けっこう「ああ、怖かった」と思えます。
恐怖に駆られているうちは「ああ、怖かった」と思えないのです。

自分で事情を了解し、愛し慈しむことができること、それが大人であることのあ
りがたさです。子どもだと自分ではできません。

この「ああ怖かった」が感じられるようになると、子どもと波長が合うようにな
ります。不思議なものです。
そこから、別な系列の出来事が展開するようになります。

ああなれ、こうなれと思っているうちは、ラチがあかないです。

恐怖に取りつかれると、やることも考えることも自分中心になります。
さりとて、恐怖をなんとかしようと決意しても努力しても、どうにもならないも
のです。なんとかしようとすること自体が、恐怖にかられての行動です。

こういうことは、さらりと理解して、それ以上決意したり努力しないほうがいい
です。

「ああ、怖かった」と言って、青空でも見ているのがよろしいようです。
いまの季節ですと、椿や山茶花がけっこうきれいに咲いています。
イチョウの木にまだ残っている黄色い葉も風情があるものです。

 

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古山明男

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