心にうそがないこと

古山です。

 

昨日、長年森の中での自主保育をやってきた人と話をしていました。
「自主保育のよいところは、子どもに『ありがとうは?』、『ごめんなさい
は?』を言わなくてすむことだ。あれは、相手の親に気を遣って言っているだけ
なのだ。親同士に了解があると、言わなくてすむ」
その大学生になる息子は、「小さなことでも人の役に立とうとしている。それが
自分の生きる力だ」という生き方を、誰に言われたからでもなく、していました。

先日、山梨のある森の幼稚園を見せてもらっていました。その園長さんは「ほん
とうに『ごめんなさい』と思っているのでなければ、謝らなくていいよ」と子ど
もたちに言っていました。朝の話し合いの会で、あるトラブルについて話し合っ
ていました。謝り言葉がでない子に対して他の子が「~ちゃんは、謝りたくない
んだよ」とかばっていました。

その森の幼稚園の子どもたちは、人の話を傾聴する力をもっていました。大勢の
話し合いでも一人ずつしゃべり、お互いによく聞いています。絵本を読んでもら
う時間には、子どもたちはしんしんと聞き入っていました。

いままで特に意識もしていませんでしたが、アロマスプーンのお遊び会でも、
「ありがとうは?」や「ごめんなさいは?」が出てくるのを聞いたことがありま
せん。

大人になると、「ありがとう」と「ごめんなさい」さえ言っていれば、人間ジャ
ングルでサバイバルできます。でも、それをサバイバル用品として使いこなせる
のは、少なくとも16,7歳くらいだと思います。

サバイバル用品を子どもに強要していると、自分の本当の心はなんであるかを、
見失いやすくなってしまうのです。

 

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古山明男

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