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学校信仰は終わる

古山です。

学校には、いいところも、悪いところもあります。

しかし、これは学校が絶対に間違っていると思うことがあります。
学校が信仰の対象になっていて、学校なしでは人生が成り立たないように信じら
れていることです。
「来ないと人間がダメになる」
「将来食っていけないぞ」
とかいう脅しが蔓延しているのです。

全員がとは言いませんが、学校に行っているほうも、行かなくなっとときの恐ろ
しさで行っている。
授業がわからなくても、いじめられても、行き続けてる。

 

そんな教育機関がほかにありますか?
幼稚園が「うちに来ないと、人間がダメになります」
なんていいますか。
塾が、「うちにこないと落ちこぼれる」っていいますか?
大学が「うちに来れないヤツは、社会の落伍者だ」といいますか?

そんなことを言ったら、総スカンを食います。

学校に来ない子がいると、他の生徒たちが口をそろえたように言います。
「ずるい」

学校がほんとうにいいところだったら、そんなことを言いますか。学校が本当に
いいところだったら、「もったいない」と言うはずでしょう。ほんとうは、みん
な休みたいんです。

元は、制度構成が悪い。
学校就学を強制して、罰金までもうけた。内容がどんなに悪くても、それは不問
に付されるか、「善処いたします」で済まされる。
先生たちは公務員だから、「来なくていい」とは口が裂けても言えない。「個人
的には~だと思うのですが、...」と口を濁します。

でも先生たちは教育者だから、「法律だから」とは言えない。なんだかんだと教
育的理由をつけます。それが「学校に来ないと~になる」のオンパレードです。
データもない、実証性もない、脅しです。

公立学校は、どんな子でも来させなければならないから、脅しに訴えるしかなく
なっているんです。

そういう学校に、親の世代も、祖父母の世代もみんな行っているから、みんな学
校に行かないときの恐怖を植え付けられる。

 

カルトに特有の考え方があります。
落伍者、脱退者をものすごく避難するのです。
学校も脱落者を非難します。学校はカルトの一種に成り下がっているのではない
ですか。

そうじゃない、脱落者にいかに手を伸ばせるかが、教育というものでしょう。

 

学校に行く行かないは、恐怖からではなく、ちゃんと教育的見地から考えましょ
う。本人の意思も大事、親の意思も大事。

「学校に行かせないと」と心配してあれこれ言う、親戚、知人、ご近所は、刷り
込まれた恐怖にかられているだけです。

国際人権条約は、保護者が公立学校以外の教育機関を選ぶ自由を保障しています。

 

公立学校は選択肢の一つです。いろんな教育があり得ます。
成熟した社会では、それが当たり前になると思います。

今年2月に施行された「教育機会確保法」はうまく使えば、学校以外の教育を保
護することができます。

 

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古山明男

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古山明夫

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